第七回 十月十日 転落
 

 ここから悪夢は始まった。
 ただこのあたりから、看護者自身の記憶も取り散らかっているところが多い。本人の記憶はもちろんあてにならないが、再現しようにも、いくつか明らかな矛盾点があったりして、その点はどうも解明できないままだ。
 必ずしも正確な再現報告ではないことを、いちおうお断わりしておく。
 ここからの五日間は、近親の者もまきこんで、その現実感覚に打撃を与え、それを狂わせてしまうほどに恐ろしいものだった。何か安っぽいホラー小説の前口上みたいだが、他に言い様がない。「おまえが体験したことなどその手の安物ホラーを一歩も出ないさ」というところだろうか。そう保証してくれる人がいれば、それはそれで気楽にもなるのだが……。
 午前中はいつもと変わらず。
 点滴。食事のときのふるえ。検診にはインターンがぞろぞろとついてきていたので疲れたかもしれない。
 昼食。おかゆとおかずは刻み食ではなく、鶏肉の一口大が入っていた。胸肉かささみの脂気のないぱさぱさした肉。好みではない上に、スプーンですくいにくかった。手のふるえがとりわけひどかった情景は鮮明に記憶している。スプーンに一口分をすくうのがやっとで、そのスプーンを手にした腕を口のほうまで運ぶさいにスプーンの中味はふるえによって全部外に落っこってしまう。シーツを汚すのは嫌だから、何回か試みた結果、腕を口のほうに運ぶのは断念する。次善の策を考えた。――苦労してスプーンにおかゆなりおかずの一口分をすくうと、口を上半身ごとスプーンに近づける。そして手のぶるぶるが来る前に、そのスプーンの中味にむしゃぶりつく。書くと大げさだが、こうする以外に食べられないのだ。これはかなり不自然な格好だ。前に傾きすぎている。
 Jが見かねて手助けしようとするが断る。見苦しいところを見られるのにも、「病人」のように食べさせてもらうのにも強い抵抗があった。「病人扱いされることを拒否する病人」という厄介なタイプそのものだったんだろう。
 異変はこのとき起こった。
 五日間の悪夢の始まりは――。
 鶏肉を喉につまらせる。
 ほぼ同時に全身性の痙攣が再発する。
 Jは廊下にとびだし「先生!」と叫ぶ。
 おりよく通りかかった医師がかけつけてくれる。カテーテルで喉につまったものを取り出す。
 ここから時間の経過はさらに曖昧なものとなっている。
 痙攣は止まらず、しばらくすると右腕、右足がぶらんぶらんになった。これがいわゆる半身不随の状態とどう違うのか、わたしには判断することができない。どう違おうと、その時にはあまり関係なかったろう。より重度の脳疾患の可能性があった。病状が脳卒中に進んだのではないかと思われたのだ。
 ただちに脳血管撮影が行なわれる。これは脳の血管の異常をみるのに不可欠な検査だ。CTが普及した現在でも欠かせないといわれる。造影剤(X線を通さない薬剤)を注入し、脳のX線連続撮影をする。これで異常があれば、すぐ手術となる、と宣告された。手術の説明とその同意書への捺印だけではなく、「たぶん」後遺症が残るだろうともJは言われた。
 後遺症。もっとも忌まわしい言葉だ。
 造影剤は足の付け根の動脈から入れる。陰毛の両サイドには剃られた跡がある。注射針の跡もまだ残っている。
 検診中、外の雷雨が激しかった。
 こういうとき、時間がどんなふうに経過していくのかわからない。外界がどんな脅威になるのかも。
 脳血管撮影の結果は「異常なし」だった。あとでフィルムを見せてもらったが、正面と左側とあって、太い幹が無数の枝が分かれていく映像に何と言ってよいのかわからなかった。
 手術は必要なしだった。
 しかし最悪の状況が来るのはこれからだった。

to be continued