第九回 十月十五日 生還

 現実のレベルでは落ち着きがみられた。
 痙攣も止まり、イビキをかいて眠り始めた。昏睡ではなく、ふつうの睡眠だ。
 傍目には安らかな眠りが訪れたのだ。肩を縛っていた帯を外してもらう。
 夕方六時に目が醒めた。
 幻覚状態から脱していたのは朝だったのだろう。しかし主観的にいうと、悪夢の呪縛からはっきりと解き放たれたのは、夕方だ。それまでは休息の睡眠――意識のうちでは空白が生じていた――だろう。悪夢のなかで夜明けの目覚めが近いと感じていて、自然と目覚めるように現実世界にもどってきたのだった。夕方に。何よりこの自然さが現実の堅固さを実感させた。病気から回復した、ウイルスの炎症から脱したことを信じさせた。
 とはいえ、すぐさま完璧に現実を体感できたわけではない。悪夢の残像は長く尾を引いていた。なんども「子供は生きているか」と確かめずにはいられなかった。
 他にも、引きずりまわされた恐怖には執拗に苦しめられることになる。
 かたわらにはJと兄がいた。
 「この人、だれ?」と尋かれたので、照れくさいけれど「兄貴」と言った。
 そのときの兄の嬉しそうな表情は忘れられない。
 四日間は、「掃除のおじさん」とか頓狂なことを言いつづけていたのだ。
 「五十年ぶりに頭を撫でてやった」と兄が言ったのは、あながち誇張ではない。それは、さらに深く遠くにわたしが攫われていくことを阻止してくれてもいたのだ。
 近親の者を正確に認知できた。――これは意識障害が正常にもどるシグナルと考えられる。
 ふりかえってみれば、これが生還の分岐点だ。悪夢のなかで感じていた夜明けの到来はほぼ正確だったようだ。
 ここからは通常に記憶がつながっている。
 だから病状記としては以降、退屈になる見通しだ。
 便意をおぼえる。トイレには行かしてもらえない。部屋にポータブル便器をもちこんで排便する。何日ぶりか。固い便だった。
 八時にまた眠る。
 イビキがひどく、心配させるが、九時すぎに落ち着く。
 手首の固定帯も外してもらう。

to be continued