死刑への不服従

 死刑確定中大道寺将司、大田出版)は、読んで字のごとく、外界から遮断された独房より発されつづけた通信の十一年の記録である。日本国家の通念では、死刑の確定は執行とほとんど同義語だと解されている。確定のときから囚人はデッドマンとみなされる。文通も面会も家族としか許されなくなる。法にとっては、確定と執行との「あいだ」にある死刑囚の生とは一個の逆説にすぎない。本書が全身をもって示すメッセージは、こうした国家の慣例こそが一個の迷妄であり人間的自然への侮辱であると「確定」する。
 本書は、東京拘置所在置の大道寺と外界を結ぶためにつくられた交流誌『キタコブシ』(九七年十二月で73号を数える)からの抜粋で成り立っている。法的には「死人」とされた著者の生の証しであり、国家が強要してくる逆説への全存在を賭けての抵抗表現である。あとがきの部分で著者は、本にまとめることへの強い懸念に悩んだことを吐露している。遺書のように受け取られることは不本意だし、自分は《自らの刑死を前提にして発言する》のではない、と。書物という形が逆に、国家の規定する死人のイメージに自らを合致させる結果になるのではないかと怖れたのである。
 かれが例えば伝えたかったことは、独房で四六時中監視されて過ごし、ビールの味さえ忘れてしまった中年男の肖像であるかもしれない。そうした特殊な生存の様態を具体的に記録しておくことを、著者は己れに義務づけてきたように思える。衒いもなく「ドキュメント作家」に自己を律しようとしている大道寺は、今も変わらず孤独でストイックな反日革命戦士だ。この本は、著者が死刑攻撃を受けるにいたった行動についてべつに予備知識を持たないでも読みうるようにつくられている。しかしかれが、七十年代の苛酷なゲリラ兵士の情念を鼓舞しつづけ、かつ、死刑を確定された政治犯五人のうちの一人であることを、読者は知っておいても無駄ではない。
 本書の最後の通信で、著者は九七年の八月一日に舎内で絶叫を聞いた、処刑場に引き立てられていく者の抗議の叫びだったのではないか、と報告している。編者はその声が永山則夫のものだったろうと注記する。しかし『キタコブシ』73号の十二月二日の通信で著者は、それを《N君の上げた》絶叫のように強調されると困ると否定している。いかにも大道寺らしい配慮だ。死刑囚はいつくるとも知れぬ執行の恐怖に宙づりにされた存在であるという「常識的イメージ」がここでも流布してしまうことが不本意だったのである。

週刊金曜日1998.1.30