野崎六助著作リストつづき

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10 李珍宇ノオト  死刑にされた在日朝鮮人 三一書房   1994. 4                  

 これは同時代批評のコラムに書きかけて収まりきらず、同誌十六号(最終号)「踏みこえられる国境 難民の世紀末」の五十枚枠に向けて書いた。五十枚に枠にも収まらず、その六倍に達してしまった新記録であった。当然、掲載は無理だからその枠用には、ドゥシャン・マカヴェイエフ論を別に書き、この原稿は中に浮くことになった。刊行まで時間はあいたが、何とか「幻の本」にならずに済んだ。

 どこかで書いたことだが、この書物は文学論であり、それ以外のなにものでもない。これを、わたしの在日朝鮮人文学論(三千枚)の序章としたいと大言壮語したが、大望は果たせていないし、早急には果たせそうもない。

  目次 序章 夢の中の李珍宇  真犯人はどこに   / これは謎解きの物語だ
     一章 被告人はこの体験を基にして  十八歳の「凶悪犯」   / 『悪い奴』は犯罪者の手記なのか
     二章 荒涼として痛ましい夜明けの叫び声を      木下順二の口笛と三好徹の沈黙
          / 大岡昇平における事件   / 大江健三郎の叫び声    / 自涜の王から強姦殺人の魔へ
          / 虚構の母からの呼びかけ   / 秋山駿の地下室   / 「日本のジャン・ジュネ」という免罪符
       / 『絞首刑』の政治的殉教者  / 死刑告発小説の負性 / 死刑は小説の中ですでに執行されていた

     三章 珍宇君、本当にやったのかね?  民族的偏見が小鳥のように     / 築山探偵、証拠の追及
                      / 最大の反対者し珍宇その人   / 誰が犯人でもよかった
           / 再審請求と恩赦出願の狭間  / 李珍宇とは何者か  / なぜ無実説が力を持たなかったか

     四章 李君、今朝食堂で君の処刑を知りました  金達寿の記録  / 声もなく慟哭する
                          / 金石範の最悪の文学的決着   / 実録小説の失敗

     五章 珍宇、きょう、悲しい報せがありました  朴寿南との往復書簡   / 想像の中の熱愛者
                          / シジフォスの苦役   / 珍宇と寿南の物語   / 愛のドラマの完結

     六章 なることについて(オン・ビカミング)  強姦殺人の彼方に
                      / Sometime a great notion    / 一人の朝鮮の息子(ネイティヴ・サン)に

     あとがき

 


11 殺人パラドックス  講談社ノベルズ  1994. 8        装丁 辰巳四郎               

       幸運にも成立したミステリ第二作。舞台は調布近辺。モデルは家族。

 この小説の問題点については、『複雑系ミステリを読む』に記しておいた。

 



12 幻燈島、西へ (芝居原作)  現代企画室 1994. 8                       

 芝居用の台本原作。登場人物の数と基本キャラクターは、劇団の構成員に合わせた決め書きである。主人公クニオの役者は予定変更したので、じっさいの舞台イメージは大幅に変わってしまった。結果としてみれば芝居現場に何らかの物理力たりえたかどうかも疑問の残るテキストだ。できあがった本は誤植だらけで、まさに生まさぬ子の怨嗟にみちているみたいだ。しかも現本も著者の手元に一冊の見本がわたったきり。たてまえはともかく現場の人間関係の調整にとんでもない誤算があったのだろう。

 自分の著書ではあっても、感情が二種類に分かれるのは仕方がない。ある程度は満足のいくものと、認知したくないほどの苛立ちにとらわれるものと。これは後者でも最もたる不幸な所産だ。


13 花火の夜には人が死ぬ  講談社ノベルズ 1995.3        装丁 辰巳四郎

 原タイトルというか、作者が最初につけたのは『殺人打ち上げ花火』。『殺人パラドックス』のシリーズなのだから当たり前だ。コージー派ミステリを銘打たれて、この作品の運命もここにきわまってしまった。

 野崎の仕事はいったいどこに向かっているのか。直接にも間接にも、多くの親身なるご意見をいただいた。だが自分でも見えない。
ますます降り積もる顰蹙と当惑と黙殺とをかいながら、わたしの迷走はまだ開始されたばかりだった。


14 ドリームチャイルド  学研ホラーノベルズ   1995.3                       

 小説四点目のホラー。執筆は九三年夏で、じつは第二作になる計算だ。

 著者としては最も愛着の深い小説。



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15 ラップ・シティ  早川書房   1995. 5                               

 小説五作目。保険金殺人をめぐるハードボイルド。型通りに流しこんだつもりでも、ちがった匂いはするのかもしれない。

 マカオのドッグレースの場面から始まっているが、このシーンは別の小説に使うつもりだった。材料を小出しにする目算は外れて、けっこう細部はふくらんでいる。主人公が幼い妹を死なせてしまうシーンは、自然と筆が流れ、計算通りに収められていて、最も気に入っている部分だ。


16 アメリカン・ミステリの時代  終末の世界像を読む NHKブックス 1995.10        

  『北米探偵小説論』の続編を教養書の形態で、という要請から書き下ろされた。けれど少し分量が多く、過剰に書きこみすぎているところがある。スリムにすべきだったが、わがままを通してしまった。このとき『北米探偵小説論』の増補版が可能だという見通しがあれば、もう少し簡略でハンディなものを用意できたのだが。 繰り言はしても仕方がない。

 目次 1 終局に向かう序章
     2 帝国は終滅しない  ラジオ・フリー・アルベマス  / 核と軍縮の果てに  / 民族と領土と 
               / 死者と非死者と   / 未来への絞殺    / 殺戮のマインド・コントローラー

     3 ニグロ・スピーク・リヴァーズ  マルコムはどこにいる   / プルー・ドレスに赤い罠
                     / 黒人は多くの河を知っている

     4 カノン、終わりのないカノン  伝説からカルト・ヒーローへ   / 終わりのないカノン 
                                 / 終わりのためのカノン

     5 交替計画あるいは女にも向く職業  二人のPWI   / タフガイの撲滅なのか、そのパロディなのか
                      / その他のエグゼクティヴたち

     6 マスト・ウィ・ファインド・アメリカ  男たちは絶滅しない  / ノワールのなかの冷戦ハードボイルド
                        / 悲しみのオブセッション  / オールド・ディキシー・タウンの迷い子
                / 墓石のはざまを歩く  / ブック・ケースのなかのタフガイ / 荒涼天使たちの夜明け

     年表       あとがき


 カバー装画 桜田晴義


  
17 物語の国境は越えられるか  解放出版社 1996.5       装丁 戸田ツトム                 

 文芸評論集の第一冊。第一章にあたる「戦後批評史」は、一九八六年の初め、最悪の体調と精神状態を押して書かれたもの。かなり長くわたしの何点目かの「幻の本」状態だったが、十年たってようやく日の目をみた。あとのパーツは評論集であるから、われながら雑然とした印象もある。

 戦後文学論、アメリカ・マイノリティ文学論、在日朝鮮人文学論と、三本に分けてきちんとまとめていくべきなのだが、結果としてこれだけが文芸評論集として残ってしまった。

                      

一章 戦後批評史、アジアが視えない  物語がそこに蹲るとき /アジアが視えない / ひとつの反措定
/戦後批評はどこにいったか /批評の運動性とは何か /プロレタリア文学の旗のもとに /断念と失語
  /擬制の終焉以降 /共同幻想異論 /再び、アジアが視えない
二章 戦後文学ノオト  戦後文学の老境  / 『「反核」異論』異論   / 狼疾と漂泊と
           野間宏の近代・野間宏の全体   / おおゼノン! 酷薄なゼノン   /文学運動の道標から
           プロレタリアートの戦慄 井上光晴の死   /最後の弾左衛門は転生する
 /賤民文化とは何か 塩見鮮一郎と隆慶一郎
                 船戸与一のデーモン    /日の本別件 船戸与一『蝦夷地別件』を読む

三章 アメリカ文学論  二幕目が始まらない舞台について   /騾馬よ、権威を地におろせ
                 /マイノリテイの自己発見の旅 M・H・キングストン『アメリカの中国人』書評   
                 /E・カーティス写真集『北米インディアン悲詩』に寄せて   
  / あるユダヤ系アメリカ人の肖像 ミルトン・ヒンダス『敗残の巨人』書評
/ニール・トゥ・ザ・ライジング・サン  /甦るマルコム   /記憶の墓標のために /戦後・アメリカ・在日

四章 在日朝鮮人文学論   君のまなざしは心の棘となって私を苦しめる 白楽晴『韓国民衆文学論』書評
                  蒼ざめた在日 金鶴泳論  /ラプソディ・イン・ブルー  /光と影のバラード
        迷走する在日 梁石日『アジア的身体』解説    /いつか公平に原爆が落とされる日 つかこうへい論
  梁石日よ、在日の深く瞑い河を渡れ  /金時鐘を生きる  /はるかな朝鮮のニホン語 金時鐘『原野の詩』書評
                  物語の海峡は越えられるか   /転向文学論 金竜済について
              アパッチの終わらない夜 梁石日『夜を賭けて』書評     /夜よ、このみだらな輩よ

人物一覧      あとがき      初出一覧 

      


18 臨海処刑都市  ビレッジセンター   1996. 6    カバー装画 末弥純                      

 小説六作目。タイムリミットものアクション。嫌いではない作品だ。

 という一方で、自分はますます理解者を減らしているのではないかといった孤立感に苦しめられもした。一冊一冊を一人の人物の著作として理解享受してくれる人間がいったい何人いるのか、と。