梁石日『夜に目醒めよ』
目醒めよ、夜の溝鼠たち。彼らは闇をがつがつ喰らいまくり、渇えたまなざしで隙をうかがっている。
本書は、梁石日による在日ピカレスク・ロマンの最新作だ。著者のアウトロー青春小説としては、『夜の河を渡れ』の系列であり、直接には、『カオス』の続編にあたる。無頼の在日朝鮮人青年、学英と鉄治、ニューハーフのタマゴ。タガの外れたコンビがもどってきた。前作『カオス』で歌舞伎町「戦争」をしぶとく勝ち残った彼らの今度の「戦場」は六本木である。
全編をおおう基調は、いつまでも明けない夜の、粒子の粗い画面だ。高揚と虚無とがこもごもに廻り、目醒めようとしても目醒められない夜。どこまでも終わりのない闇の時間を、夜の盲目の鼠たちが這いずりまわる。冷たく滾りたってくるのは民族の血だ。敵も味方も、この日本に素顔を隠して棲息する在日の同胞たち。
新宿での商売に見切りをつけた学英は、六本木に気に入った物件を見つけ、慣れないカフェバーの出店にのりだす。例によってごり押しの資金繰りに頼ったマイナス勘定のスタートだ。店の貸主の初老の女明淑は同胞なのだと告白する。その美貌の姪知美はアパレル業界のやり手だ。彼女らと知り合ったことが最初のつまずき。
学英は不動産トラブルに巻きこまれ、そこに介入してきたのが八年前の宿敵、高だった。とどめようもなく再びの抗争の幕が切って落とされる。瞬時にして爆発し、燃え上がるアウトロー戦争が、今回の表のストーリーだ。やくざの調停を受け、いったんは収まった抗争だったが……。そして知美との愛に溺れていく学英。裏のストーリーが闇をいっそう暗い色調に染めあげていく。
それは夢幻の夜が決して明けないようにも終らないのだ。抗争も、愛も。鼠たちを駆り立てるのは、当人たちにも定かでない冥い欲望なのか。あるいは、仮面の下に隠した素顔さえ仮面に変じていくような在日女の運命なのか。
六本木に爆発した抗争は、ニューヨークまで飛び火して、とりあえずの終結をみる。
終わりのない始まり。いかにも梁石日ノワールらしく、粗い粒子の画面に突然エンドマークがつきつけられる。
週刊現代2008.04.26