ワルター・ベンヤミンの破片にむけて
テリー・イーグルトンの"革命的批評"―― 抱きしめていておくれ
しばしの時を忘れさせて
潮が満ちてきたら行ってしまう俺のことを
ヴァン・ディマンズ・ランドに島流しされていくこの俺を
(U2『魂の叫び』)挑発好きの騒々しい批評家テリー・イーグルトンの『ワルター・ベンヤミン 革命的批評に向けて』が待望久しく翻訳された。かれの文体の魅力が横溢し、かれの思想が基本的に語られ、かれの勇猛な戦闘心が随所に顔を出す、疑いもなく主著であるといえる。英語圏で一本となった初めてのベンヤミン研究であるこの著はもちろん、著者自身が最初に断固として表明するように、ベンヤミンへの入門書でも、学問的研究でも、評伝でも、批評的解説でもない。一度でもベンヤミンの思考に衝撃を受けた者ならたぶん、そんなスタティックな書物を構想する気にはなれないだろう。あえて否定の限定をおかねばならない著者のベンヤミンに対するオマージュの正当さは充分に感得できる。それはこれまで何冊かのイーグルトンを読んできたところからたやすく想像のついていたことだ。著者は一本のモチーフを《ベンヤミンの作品を、現在「革命的批評」に立ちはだかっている幾つかの主要な問題に光を当てるという目的のために、どのように利用できるか》試行したものだと語る。そしてそうした酷使にテキストが耐えうることを発見した読者は、ベンヤミンの共感的理解者であると同時にイーグルトンの共犯的理解者でもあるだろう。
そもそもこのマルクス主義文芸批評の論客はどういう読まれ方をこうむっていたのか。かれがマルクス主義を表明するさいの行儀の悪さ、かれが論客を罵倒するさいの手のこんだレトリックは、とくにかれがパロディ仕立てにからかうことを好むデリダ主義者(デリダンサー)から疎まれるに充分である。しかし、かれが論敵を打倒するさいに決済してしまう貸借表――つまり相手の誤謬命題からも利用しうる点はすべて横取りしてしまう戦術――によって、却ってかれは、現代思想の混乱の見取り図作者として要請され、読まれてしまう、といった逆説的な事態があったのではないか。これなら疎むことも排除することもない。解説屋の一人に仕立ててとりこんでしまう、という例の日本的翻訳文化の作法で毒抜きできる。これは現代批評理論の教科書的概説書の形で書かれた『文学とは何か』(岩波書店)においては致し方のない読まれ方だった。しかしエッセイ集『批評の政治学』(平凡社)がマルクス主義とポストモダンの脈絡で読み流されることに出会うのは全くいまいましいことだった。デリダパンツの天皇制ディコンストラクショニストが、喜喜としてイーグルトンを読むなどとは、まさしく日本でしか起こらない平和な思想錯乱に違いなかった。『批評の政治学』は原タイトル"アゲンスト・ザ・グレイン"、ベンヤミンの『歴史哲学テーゼ』――歴史にあらがい、歴史をさかなでする――から取られた。
まさにベンヤミン論は書かれるべくして書かれた一本である。著者の執筆活動のほぼ中間点にあたる収穫であり、いっそう克明に跡付けるのならおそらくひとつの転機を形成した代表作という位置を与えうるだろうと思う。
革命的批評の任務は本質的には、本書によれば、投企、挑発、横領の三点に要約される。投企とは《変形した「文化的」メディアの内部で「現実」を虚構化》すること。挑発とは《非−社会主義的作品が政治的に望ましくない効果を生産する修辞的構造を暴露すること》。横領とは《そのような作品を可能な限り「本来のいみに逆らって(アゲンスト・ザ・グレイン)」解釈すること》。
この戦術それじたいはそれほど独創的なものではない。著者の本領はそれを実行するさいの文体の振幅にある。死者もまた危地にさらされている、とはベンヤミンの歴史意識だが、敵にベンヤミンを横領させないために、先に横領することが責務である。横領を仕かける強敵はディコンストラクショニストである。なぜなら《偶発性の収集家、穏健ではあるが効力のある韜晦ゆえに歴史の検閲的視線を免れるものの収集家として、ベンヤミンは或るいみでは現在のデコンストラクションの批評実践の先駆となっている》からである。そして「生きながら脱構築に葬られている」ディコンストラクショニストを相手取った著者の口達者の諧謔はあまり面白いのでゲラゲラ笑ってしまった。かれの文学的カーニバルの磁場ではいつも沢山のデリダンサーたちが狂ったように死の舞踏を踊っているのだろう。それからメシア思想。《ベンヤミンの救世主待望論(メシアニズム)は、彼の観念論を最も如実に示す徴候であると同時に、彼の革命的思考の最も強力な源泉の一つである》という一行をおいたとき、著者は、ベンヤミンのユダヤ思考を部分的に避けて通り、隠蔽するという教条的唯物論の姑息さとは逆に、かれの蒙昧を主要な武器に転化するべく、歴史と表現の政治性への透徹した認識を呼びかけて、次のように続けたのである。《ベンヤミン自身が、自分の著作の曖昧性はドイツにボルシェビキ革命が起こらなかったことが原因である可能性があると述べたとき、彼は自身の観念論に対して本質的に唯物論的問いを問いかけたのである。》
そして著者はいう。ルカーチ、アドルノ、ブロッホ、ブレヒト、ベンヤミン、かれら偉大なマルクス主義批評の出立は、プロレタリアートの敗北の時代の産物である。アポリアは、三〇年代の先人の仕事から、何の解決もみていない。黙示録は革命的党派の不在というテーマに関わっている。《人はふさわしい政治的基盤をもたずして如何に書きうるのか》――この問いの解決はいわば堂々めぐりの惨状を呈している。そしてわれわれはどうか。
『文芸批評とイデオロギー』(岩波書店)の日本語版序文を、イーグルトンは、自分はイギリス人としてクリストファ・コードウェル以来初めてのマルクス主義文芸批評の書き手だ、と自己紹介することから始めた。スペイン市民戦争に志願し戦死した詩人に遠く系譜を求めるいがいに自己解説の方法がなかったその孤立感が鮮明だった。島国から島国へのメッセージかもしれなかったが、日本のマルクス主義者はこうしたあいさつに当惑をおぼえただろうか。〈平成元年元旦〉わたしはなすすべもなくアイルランド・ロックのU2をずっと聴いていた。オーストラリアの孤島に流刑にされた詩人に捧げられたスロー・バラードが痛く心に入ってきた。
(文中のテリー・イーグルトン『ワルター・ベンヤミン 革命的批評に向けて』有満麻美子、高井宏子、今村仁司訳は、八八年十二月 勁草書房より刊――編集部注)
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文学時標 89年3月15日