一ヶ月の入院。そして同じだけかかるかもしれない自宅療養。
退院とは全治の証です、と。
もう幻覚は出ませんね、ハイ出ません。いくどか医師や看護婦と交わした会話。滑稽な対話。わたしは彼らを騙していたという後ろめたさを持つ。幻覚、妄想のたぐいを見なくなることなど、わたしの場合、生きているかぎりありえない。ただ便宜的にわたしは、「病状としての幻覚」はすっかり消えましたと保証しておく必要があった。そもそも自分は妄想を糧に生きているような文筆家でありまして、などと正直に告白したって、彼らの合理的な頭脳は「この患者はもうしばらくの入院加療が必要だ」という結論しか出さないだろう。注意深くわたしは明け方に見た夢のことは隠した。
さて退院して人並みの生活ができるようになったわたしの自己診断は――。まだ完治していない、というものだ。病気はわたしのなかでしぶといゲリラ戦を展開している。わたしを苦しめた過去の断片イメージはまだ時折わたしを襲ってくる。そのこと自体はそれほど苦痛じゃない。ただあの絶頂期の恐怖に立ち戻るのだけはごめんこうむりたい。だから自分のなかで完璧に、自らの力で病気を掃討していきたい。それがこの連載の目指すところだ。
これから始まるのはひとつの奇病の報告である。本人にまったく記憶のないパーツはまわりの証言によって復元した。記録は入院期間中にかぎらず、これを書いている療養期間にもまたがる公算がある。というのも……。